つれづれ

私が日々思うことのつぶやき

我が家のオムツ事情

我が家の5歳のTのオムツがなかなかとれない。

夏前に1週間くらい夜出てないからもうそろそろオムツはずれるかなぁ!と期待してオムツ外したら、夜中にシーツと敷布団びしょびしょみたいなことが続くので、夜のオムツを再開することにしました。

けど、オムツは場所とるし、できるだけ買いたくない・・・

我が家には生後9か月くらいの赤ちゃんがいるので、そのオムツの場所も重なる。

赤ちゃんのオムツはMサイズ。

もしかしてTはオムツMサイズ履ける?

と思って、試すと履けた。

でもおしっこの出る量が違うもんなぁ。

 「そういえば、おばあちゃんとお父さんの時に使った介護用のオムツがあるわ!あれつけてみたらどうだろう?」

前は、

こんな感じ。

後ろは

こんな感じ。

実際の介護用オムツは、サイズによっても違うけど、もうちょっと長く前後に出ました。

写真は、介護用のオムツを全部Tが使ってしまったので、出産のときに使うお産用パッドをつけてます。

もう使うことないから、これもいけるか~とやってみました。

そう、介護用オムツとお産用パッドどちらもいけます!

特に介護用は、出ている感じがわからないのか、Tにもれたときの感想を訊いてみると、

「おしっこが消えていくようやで!」だって。

CMにでも使ってもらえないかしら?すごくわかりやすいフレーズじゃない?

もう使わない介護用かお産用パッドを持ってて、0歳とか、下のこがいてオムツ使っててという人少ないかもしれないけど、

オムツがとれそうでとれない、オムツを1パック買いたくない!っていう人には試す価値あると思いま~す。



こども園最後の運動会

今日は、がくのこども園最後の運動会でした。

雨雨で、結局予備日の今日も雨。

体育館でゆり組さんだけで運動会をしました。

てるは、後日こどもだけで運動会をするそうです。

二人とも毎日練習頑張ってた。

がくの最初の競技は、障害物競争で、輪っかをぐぐったり跳び箱みたいのを昇って降りるものでした。

順位は残念ながら最後だったけど、真剣に頑張ってました。

次は、41人でタオルやバルーンを使って表現する踊りでした。

これも、タオルをまわしたりして、みんなと一緒に取り組んでた。

京都の3歳児クラスの時は、Z君と二人で立ってたり、座ってただけだったのがみんなに合わせてダンスしていることに感激しました。

いや~成長したなぁ。

最後のリレーは、トップバッター!

今回も一番外を走るので不利やなぁと思いながら、やはり3番手でバトンを渡しました。

途中でデットヒートもあって、とっても楽しかったです。

黄色チームは最後でしたが、練習ではだいたい1位だったそうです。

なんか子供たちが一生懸命している姿に感銘を受けたのか、涙がにじむのでした。


折り紙

5歳になったがくさん。

今年の夏は塗り絵とともに、折り紙にはまっています~

せみやら、くわがたやこども園の先生に作ってもらったおっとせいやらが並びます。

紙飛行機にもはまってたなぁ。

せみは自分で折れるようになったみたいで、せみだらけです・・・

このころの興味の爆発具合はすごい。

今日折り紙と思ったら、次の日は塗り絵で、次の日は昆虫の図鑑眺めてたりと、日によって

はっきりしています。

3歳てる君も同じことするよね~

がくの3歳のころの遊びじゃない(笑)

ほんで下の子は、おませになるんやろか~

塗り絵にはまる

学さん、1か月くらい前から塗り絵にはまっています。

どうやらこども園ではやっているみたいですな。

最初は、塗るところもはみ出てたし、色も一色ぐらいだった。

ところが、こないだ持って帰ったちょうちょうの塗り絵は

こんな感じになった。

なんと、色も綺麗に配色されてるし、左右対称!

しかもはみ出た部分がほとんどない。

すご!

いつのまに左右対称に塗るということを覚えたのか・・・

ちょうちょを見たのか?

もうすぐ5歳になったらこんなこともできるのね~

とはいえ、いったん始めると、ごはんを食べずにやってしまう癖がある。

ごはん食べたあとにやって欲しいなぁ。

食べない息子たち

いや~

最近、がくてる食べないですね・・・

今朝も、味噌汁ときんぴら作ったけど、てるは、卵かけだけ。

まぁがくは、ごはん以外は食べた。

きんぴらは、一口食べたのが、ずーっと口の中に残っていてもぐもぐ。

そして、うさぎの座部クッションを抱えてごろごろしている。


今朝も保育所で自転車から降りるのを嫌がり、無理やり抱っこで連れて行ったら、ギャン泣きだった。

昨日もギャン泣きだった。

先生によると、今の時期食べてたのに食べなくなってきた子も多いらしい。

ふ~ん。今頃イヤイヤ期か!?

後は、引っ越しをてるなりに感じて、不安がっているのではなかろうかという先生の推測であった。

ふむふむ。

いや~ごはん作んなくていいんじゃない?

と思ったりするけど、

今日は、子供らの好きなオムライスにしてみるか!


子供は正直だ

昨日から主人が出張なのだが、

こういう時に子供が主人の話をしてくることも多い。


昨日は、がくが突然こう言った。

「お母さん、仕事頑張ってないっておとうさんが言ってたよ」

はい~?なんだって?

あれやこれやいいながらも、わからないことはまず調べて、やってるじゃないかー!

ぼーっとしてることありますか?

これが頑張ってると言われないのか・・・

と今日引っ越しの手続きで、市役所を周りながら、まぁ、雑務は評価されないんだろうなと

思いましたとさ。

ドライアイ

一昨日、突然がくの白目に赤い出血ができた。

前から目の白い部分に黒いしみがあるのは気になっていたけど、赤い出血は初めてだった。


保育所の先生から、出血が少し広がっているのではないか?眼科を受診しては?

と言われ、昨日保育所の帰りに近くの眼科に行ってみた。


結果は、なんとドライアイ。

ドライアイ?でなんで出血するの?と思ったけど、

目が潤んでないと、瞬きとかの摩擦で出血するらしい。


へぇ~知らなかった。

受診中に、息子の目に糸くずが入っていたけど、流れていないこと自体がおかしいということだった。

つまり、ドライアイということだ。

現代の子は、中遊びも増えているし、スマホやテレビの見過ぎでドライアイの子供はたくさんいるらしい。


今の時期は、花粉やほこりも多いから、目薬を時々さしてやればいいらしい。

赤い出血は、そのうち自然におさまるとのことでした。


視力も図ってくれたのだけど、ちらっと測っているくれてるとこ見たら、右0.7、左0.8の軽い近視。

始めて、眼科の眼鏡をかけての視力検査に、穴が見えないと、泣きはしないけど、

わかんないなぁと言いながら悔しそうな息子でした。

今は、視力が伸びる時期でもあるから、やっぱり少しテレビを控えて、瞬きさせて、星を見させようと思いました。



ガーナの一説

中学生の時、ガーナと呼ばれていた理科の先生がいた。

彼のこの一説が私の人生を大きく変えることになった。

「君たちも大きくなったら、世界のいろんな国を見たらいい。世界には、貧困で苦しんでいる人がたくさんいるけれど、

僕が行ったガーナという国の子供の目は生き生きしていたよ」


こんな感じのことを言った。

食べるものも十分にないのに、目が生き生きしている?

すごいな。ガーナという国はどんな国なんだろうと思った。

ちなみに、その先生は、青年海外協力隊というのに参加して行ったらしい。


早速協力隊を調べてみた。

いろんな技能や職業で、発展途上国と呼ばれている国に派遣されて、現地で活躍できることを知った。

私もこれに参加して、飢えや貧困をなくすか活動ができたらと思った。




それから、テレビで途上国の様子が出される画面を見ると、目にとまるようになった。

世界には食べ物を食べれなくて困ってる人がいるんだぁ。


看護師さんも活躍できそうだけど、その前にそもそも食料がなくて栄養失調が起こってるんじゃないか。

野菜がもっとあって、多くの人が食べれたら栄養状態がよくなるんじゃないか。


よし、野菜栽培の普及で、協力隊に行こう!


中学の時の私は、単純で、こうと思ったらそれに突き進む傾向があった。

この考えで、農学部に行きたいと思って、大学を選んだし、その後JAに就職することになる。

自分の足跡を残したい

そもそもブログを書こうと思ったのは、

「植物のミカタ」のpv数をあげる手段としてだった。

書いてるうちに、もう一つの目的ができた。


それは、自分の記録を残すということ。

私という人間がどうやって育って、何を考えて生きていたか。


自分の生きていた足跡を残したいと思う人は多いだろう。

特に人生の半ばにさしかかると、残りのことを考えて、最期はこういう人生で締めくくりたいなと

思い描いてくる人も多いかもしれない。

私も、その一人。


癌で苦しんで亡くなった両親を見ているから、自分は最期は老衰で亡くなりたいという願いがある。

私の祖母(父の母)がそうだった。

最期は、水も飲めなくなって家でなくなったけど、本当に人生を穏やかに締めくくった感がある。


それに、ブログを書いていることで、後に、がくやてるが見る日が来るかもしれない。


私の母は、あまり自分の思いを語らない人だった。

だから、どういうことをしたいか、どうしてほしいのか、周りがあまりわかっていなかったように思う。

なんとなく、私と母には考えの似ているところがあるのか、母が語らなくても、なんとなくこうしてほしいのかなぁとか

感じることがあった。

そんなこんなで自分の思いをブログに綴ることで、

自分の足跡を残していきたい。


がくお兄ちゃん

昨日と今日と旦那さんが出張なのだけど、4歳過ぎたあたりからがくが頑張ってくれる。

例えば、お風呂上がりのてるの着替え。

まず、がくが出て、自分で着替え終わったら、てるの着替えをしてくれる。

「がくの着替えができたら、教えてね~」と言って、暫くして「いい?」

ときくと、「まだ」。

できたら「いいよ~!」と教えてくれる。

てるを拭いて、がくにお願いする。

少し前までは「ボタンがとめれない」といつもの半泣き状態だったけど、

昨日は、ボタンとオムツとズボンまで完璧にしてくれた。


ドライヤーもしてくれるのだけど、これは、重たいから腕がつかれて途中で終了。

でも、ほんと、助かる!

この瞬間がお兄ちゃんになったなと、つくづく感じる。


しかも、布団も21時過ぎには自分で入ってくれる。

3歳くらいまでは22時くらいにならないと布団に入らなかったのが、嘘のようだ。

「やった~!今日は、一人で寝れる!」といって、布団に入っていつのまにか寝ていた。


旦那と一緒にいつも寝ているのだけど、狭いのだろうか・・・

前は一緒じゃないと寂しそうだったけど、これはまた新たな進展だな。