村上海賊は砂糖菓子を食していたか?の記事の続き。
豊臣秀吉の天下統一辺りまで活躍していた村上海賊は現代のどら焼きに匹敵する和菓子を食していたか?に関して、砂糖の観点で考えてみることにした。
室町時代に砂糖はあったか?の疑問に対しては、その頃の時代では貴族や武士は砂糖を食していたという記録があるので、村上海賊も砂糖を利用していた可能性はある?
次に気になるのが、砂糖の質だろうか。
砂糖には製糖技術というものがあって、製糖技術の発展状況によっては、
今のような不純物を取り除いた綺麗な白い砂糖というのは存在しないわけで、強烈な甘さの砂糖は無い事になる。
上記の話を考える上で大事になってくるのが、製糖の過程で化学的な処理がどれ程関与しているのか?で製糖過程を見ていく事にする。
製糖について検索をしてみたら、「さとうきび」「原糖」が出来るまで - 北大東製糖株式会社の内容が非常にわかりやすかった。
とりあえず製糖技術を見る上で、原糖(粗糖)という用語が大事になるらしい。
原糖の製造は、
サトウキビを収穫して、糖を溜め込んでいる茎を切り刻み、糖汁を絞り出す。
絞り出した糖汁を加熱して不純物を取り除く。
この時、石灰乳(水酸化カルシウム:消石灰の高濃度の水溶液)というアルカリ性の液体を加え、糖汁を中和して不純物を沈殿しやすくする。
不純物を取り除いた糖汁から水分を飛ばし糖を圧縮し結晶化する。
結晶化したものから糖蜜を分離したものが原糖となる。
上記の過程において化学的な処理というのが石灰乳の添加のみで、後はなんとかなりそうだ。
であれば、室町時代に食していた砂糖は今よりももっと不純物が多い黒砂糖であった可能性が高いことになる。
不純物というのはおそらく亜鉛や鉄といった金属系の栄養素で、苦味を呈するので、室町時代の砂糖は苦味が強めの甘味だったのだろう。
※もしかしたらタンニンも含まれているかも