何年前だったかな?

兵庫県の某進学校の高校生から肥料の話で質問があるので行っても良いですか?と連絡があり、遠路はるばる京都にきて話をした時の話をしよう。

こちらにやってきた高校生は二人で、ニ人共高校三年だった。

一人はたしか某国立大学の理科三類に現役合格をしていたはず。


そんな彼らがわざわざ京都に来て、何の話をしたいのかな?と思っていたところ、肥料について本やネットでは分からない事を聞きたいとのことだった。


先に彼らとの肥料の話に入る前に雑談になるが、彼らが高校の生物の授業のプリントをたまたま持っていたので見せてもらったが、一行目から目を疑った。

内容が私が大学院に進学した時の基礎で学んでいた内容が記載されていた。

しかも全員が受ける講義ではなく、研究室個別で学ぶ内容だった。


彼らが通う高校では、高校二年までに他の高校での三年までに学ぶカリキュラムを終了して、三年からは教師が自由にテーマを決めるとは聞いていたが、まさか高校で学んだ内容が実際にどう活かされるか?といった内容に触れているとは思いもよらなかった。


おそらく二年までに学ぶ内容も私が通っていた高校のような詰め込み教育でつまらない内容ではないのだろうなと想像でき、この高校の凄さというものを感じた。

彼らが東大、京大や阪大に入学して、一年目の講義が退屈だということも聞いていたが、そうだろうなと納得できる。


なんて脱線はここまでにしておいて本題に戻る。




伝えた内容は慣行農法でよく使う肥料と、肥料成分の偽装に関する意見についてに記載した内容と似たようなものにした。

これらの内容を伝えて彼らが発言したのは、

化学の教育を受けていない方が反応性の高い塩(えん)を日常的に使っているですか?

塩(えん)は感と経験のノリで使ってはいけないものではないでしょうか?

だった。

塩と書いて、「しお」と読みたいけどここでは「えん」で


彼らが農業に抱いていたイメージは、



有機質肥料等の複雑な構造のものを使って、ゆっくり安全に効かせるものだと思っていたのに、まさかの施肥したら速攻で効いてしまう塩(えん)を、しかも化学物質についてよくわかっていない爺さん婆さんが感とか経験だと言いながら使ってしまっている事に衝撃を受けたそうだ。


水溶性の塩(えん)を素人が使ったら、すぐに問題が発生するだろうと。

即効性の窒素分として尿素を選択する意義


実際にどんな問題が発生しているのか?を伝えたら、すんなりと納得していたことを今でも鮮明に覚えている。

日本の農業の低迷は農家をコンテンツとして扱い、感と経験という職人的な面をもてはやしたものに因るのだと。


感と経験をもてはやす程、肥料に対する知識が薄くなってしまうため、使用する肥料の影響で野菜の栄養価は下がる。

家畜糞による土作りの土から収穫した野菜の摂取は健康に繋がるか?


野菜の栄養価の低下は予防効果の低下に繋がるわけで、医療費の高騰に繋がるといっても過言ではない。




話は変わって、今一番問題視しているのが、栽培面積を増やして大規模化している生産法人が増えていること。

内状を見ると、営業が取引先を増やし出荷量を増やさざるを得ない状況を作り、その状況に対し栽培面積を増やして対応する。

出荷量が増えた事をきっかけにして営業が更に取引先を増やし、それに合わせて栽培面積を増やす。


栽培面積を増やしている生産法人の各人が水溶性の塩(えん)の反応性の高さを把握していれば良いのだが、今まで合ってきた方で塩(えん)を意識していた方はいない。

塩(えん)を意識していないのであれば、塩(えん)以外の肥料の反応を意識する事がないわけで、問題はじわじわと蓄積していくわけだ。


栽培面積が少ない時は簡単に軌道修正が出来るが、栽培面積が多くなると問題は経営にとって爆弾となり、何かをきっかけにして大爆発を起こす。


大爆発をした問題は一法人の倒産だけで済めば良いが、



残念ながら、生産法人が手を広げ続けた広大な土地が不毛な土地になって、地域レベルで復興が難しくなる。


今我々がすべき事は何なのだろうな?


とりあえず最後に伝えておくと、今回は3000回目の記事になる。


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