日下の蓼津から河内湾の東側の端を知るの記事で、後の神武天皇が船で移動した際の畿内で上陸したであろう港の話題を記載した。
この話でどんな船で移動したのだろうか?という事が気になった。
船で特に気になったのが材木の事で、どんな木を使っていたのだろう?
この疑問を解消すべく検索をしてみたら、和船はどのように発達したか│54号 和船が運んだ文化:機関誌『水の文化』│ミツカン 水の文化センターのページにたどり着いた。
神武東征よりもはるか前の話になるが、興味深い内容があったので最初に触れておく。
日本では地域によって船の特徴が大きく事なるそうで、要因は地域によって利用出来る木材が異なるからだそうだ。
瀬戸内や太平洋側ではクス(クスノキ)で、
日本海側では針葉樹林のスギを用いたそうだ。
これは植生を考えたら、そうなるだろうなと納得。
森の形成における極相種は幹の中がしっかりしているので、これらの木を利用したくなる気持ちはわかる。
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木をくり抜いたり、組み合わせたりで船を造っていったそうだ。
さすがに神武東征の際は上の写真ような丸木舟ではないだろう。
クスノキは海外からやってきた木というイメージがあったけれども、史前帰化植物らしいので、船を造る為の植林したのかな?と想像した。
クスノキは薬になったり、防虫剤になったりと人の生活でほしい要素満載なので、増やしたい気持ちはよくわかる。
これはあくまで個人的なイメージだけれども、幹がしっかりしたクスノキの材木を入手するためには大きな森がなければならない。
大きな森は人が生活をする上で不便な事が多いので、古代史においてこれらの特徴を兼ね備えた地域が栄えたのだろうか?と疑問が生じた。