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蜜柑とは何か?の記事で市場に出回っているミカンの定番の温州蜜柑(ウンシュウミカン)について見た。

名前には温州という中国の地名が付いているが、紀州蜜柑(キシュウミカン)と九年母(クネンボ)を親とするミカンの種であるという事がわかった。


クネンボは東南アジアからやってきた種になり、キシュウミカンは日本で古くから食されているコミカンと呼ばれるミカンであるらしい。

コミカンの特徴はウンシュウミカンと比較して小ぶりでタネがあり、酸味が強いという特徴があるそうだ。


このキシュウミカンこそ、田道間守が持ち帰った橘(タチバナ)の子孫なのか?

その疑問を解消するために調べてみることにした。




施設案内 有田市みかん資料館|有田市公式ウェブサイトに拠ると、糸鹿社由緒書という書物に糸我荘に自生の橘があったと記録されているそうで、しばらく(80年後付近)してから接木が始まり、蜜柑の木が殖やし育てられると記載されている。


ここで一つ不思議な内容として、接木の記載の50年後に紀州蜜柑伝来記にて肥後八代より蜜柑の苗木を持ち帰ったと記載されている。


どういうことだ?


キシュウミカン - Wikipediaの記述を見てみると、肥後八代より持ち帰ったミカンは高田蜜柑と呼ばれるそうだ。

この高田蜜柑は中国との交易港として古くから栄えていた肥後国八代の徳渕津で中国浙江省から伝わってきた蜜柑を指すそうだ。


上記の内容から単純に考えれば、ウンシュウミカンの親のどちらも海外からやってきたことになる。

田道間守が持ち帰ったタチバナはウンシュウミカンとは直接関係なさそうだ。