花咲きて 実は生らぬとも 長き日に 思ほゆるかも ヤマブキの花


前にタイトルは忘れたが、万葉集と園芸の本を読んだ時、作者不明、おそらく貧しい農村の娘だろうという内容が記載されていたんだけど、この詩にある実は生らぬともというのはおそらく八重咲きのヤマブキだろう。




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道端に咲いていた八重咲きのヤマブキの花を見た時に、ふとヤマブキの詩があったことを思い出した。


この詩だけど、平安の時代に八重咲きのヤマブキなんて高度な園芸品種なんてあったの?と貧しい農村の娘が和歌を嗜むの?という2つの疑問があったみたいだけど、前者は特に違和感を感じない。


なぜならば、


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北野天満宮、管原氏が愛した梅の花


八重咲きは雄しべが花弁に変わる変異なので、八重咲きの株を見つけたら、枝を切って挿し木すれば増やすことは可能。


誰かしらが枝を地面に挿して活着したということを試しているだろう。


それよりも、農村の娘が和歌を嗜んでいたという点だ。

・生活で和歌を嗜んでいる余裕があったこと

・八重咲きは実をつけないことを知っていること


桜の下で宴会をしている現代の人らよりも、花や自然を堪能していたのだなって冒頭の詩から思えてくる。