今回の内容は顧問先の京都農販のブログで投稿されていますが、

私の方でも書くことにします。

京tango露地九条葱 - 京都農販日誌


先に今回の内容を要約すると、


※この写真は一人目の集荷。この後にコンテナは増えていきます。


京丹後で露地での九条ネギの栽培は無理だと言われていたけれども、

様々な方の思いが重なって、九条ネギの組合ができて、

京丹後 - 京都市内間の九条ネギの定期便ができました。




順を追って話をすると、

ちょうど一年半前あたりに京丹後で大変お世話になった方(株式会社いととめ)から一本の電話がありました。

京丹後 - 京都市内の野菜の運送の便はないか?


京丹後は京都の端の半島で、市外への販売になると運送費がネックになるので、

それだけで他の地域に対して不利になるから、

集荷場があって、そこに出せば安値で市内まで配送できる仕組みが欲しいと。


後でわかったことだけど、

どうやら私の師の跡を継いだ人が京都市内への野菜の便を探していたらしい。

エノコロを見て思い出す師の言葉


この話を聞いて、私の手に負えなかったので、京都農販(以後木村)に相談したところ、アテはあるということで京丹後に向かう。

京丹後で顔合わせをして野菜の便はどうにかなった。




数日後、木村の元に一件のお問い合わせがあった。

京丹後の国営農地(極端な真砂土)で九条ネギを栽培したいけれども、

地元で相談したら無理だと言われた。

インターネットで探していたら京都農販のサイトにたどり着いて連絡をした。


ちょうどこの時、

京丹後の生産法人に向けて土壌分析の話をするために京丹後に行く予定があったので、

お問い合わせされた方に会いに行った。

かね正アグリシステムさんで土壌分析についての話をさせていただきました


その方の畑は見事な真砂土土壌、更には豪雪地帯で風も強い。

ここではネギの栽培どころか他の作物の栽培も難しそうだ。

楽しい土壌の鉱物


何かの縁なのと、攻略できる自信があったことから、

木村はネギの栽培のアドバイスを引き受けた。




数カ月後、

京丹後の国営農地で九条ネギが綺麗に収穫できたと連絡があった。


ここから話は一変する。

周辺の農家がうちでも九条ネギを栽培したいと集まってきたり、

今まで露地の九条ネギを広めようにもノウハウがなくて苦戦していた行政から色々と質問されたりと、

着々とネギの栽培者と収量が増えていった。


ここで挙がる話といえば、

京丹後 - 京都市内の野菜の便だ。

木村が京都市内でネギの販売を手広く行っている方に話を付け、

京丹後 - 京都市内の九条ネギの定期便の話ができた。


ここから一年越しの九条ネギの計画が始まったのです。


ネギの栽培の確度を上げるため、

肥料をまとめて購入できるように京丹後支店を開設したり、

京都農販京丹後支店準備中 - 京都農販日誌


肥料施肥のバットノウハウを伝える勉強会も行いました。

京丹後九条ネギ組合さんで土壌分析の活用の話をしました

京丹後九条ネギ組合さんで土作りの話をしました




私は部分的にしか関わっていないため、

詳細はわかりませんがいろいろとあったみたいです。


栽培の方も絶対無理と言われていた地域なので収穫まで非常に苦労したものだと思われます。


そのような中、



無事に京丹後から京都市内への初出荷の日を迎えたのです。


今まで様々な地域の産地の話は見聞きしていたけれども、

若干外野ながらも関われたことで、

一つの産地ができるまでに様々な方の様々なドラマがあって、

それらのドラマが重なりあって出来上がっていくものなんだなと。


今まで様々な方がこの地域で露地の九条ネギを挑戦してきてもできなかった中で、

果敢にも九条ネギに挑戦したのはとても不安なことだったと思います。


収穫できなかったということであれば、

売上が立たないどころか経費も無駄に終わります。


そのような中で収穫できて、市内への定期便までできたという結果になったことを嬉しく思います。


木村が京tango露地九条葱 - 京都農販日誌で最後に

京丹後から京都市内へ今まで無かった橋を架けられたという事が、とても嬉しいです。

京丹後へは多くの新規就農者の方が農業をしにこられます。

この組合の成功が京丹後で農業の成功を志す人たちの未来を明るく照らすものになる事を願います。

と書いています。


私も今回の京丹後 - 京都市内の野菜の定期便から

何かと縁のある京丹後が活気付くことを切に願います。


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