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緑色凝灰岩と黒鉱鉱床と祭器までの記事で緑泥石が人の文化に大きく影響を与えたのでは?という観点で神話に沿って色々と見てきた。

緑泥石と神話という関係が気になったのは、


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闘鶏野神社と闘鶏山古墳の記事で触れた大阪府高槻市にある闘鶏山古墳で見つかった阿波の青石で、


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阿波の青石は主の鉱物が緑泥石である緑色片岩を指す。

大阪府高槻市は面白い地域で、大阪北部にも関わらず今城塚古墳という被葬者が第26代継体天皇である可能性が高いとされているところがあり、第26代の天皇は古事記の範囲内になる。


闘鶏山古墳は今城塚古墳よりも前(古墳時代)に造られ被葬者の記載はないが、四国から遠路はるばる運ばれた阿波の青石があることは歴史に疎い私にとってもただならぬロマンを感じてしまうのに十分だった。

年表 - 高槻市ホームページ




そんな阿波こと吉野川周辺の地域だけれども、以前、く溶性苦土と緑泥石の記事で下記の内容を記載した。

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徳島の三波川変成帯付近で栽培していた方が、

ここ(吉野川市周辺)で栽培がうまくいかない人は、どこの地域でもやっていけない

と自虐的ではあるが、土地のことを褒めていた方がいた。

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この内容に合わせて、淡路島で見かけたとある生産法人の話を付け加えておくと、その法人は淡路島にたくさんの耕作地を持ち、徳島に少しの耕作地を持つ。

どちらの地域も同じ作物の同じ品種を栽培し、淡路島と徳島の栽培の責任者は異なり、徳島の方が淡路島よりも3倍近くの収量であったらしい。

当然だけれども、徳島の方の栽培責任者は自信に満ちあふれていた。


今でこそ、機械が発達して、そこそこの土地でもそれなりの栽培が出来るようになったが、弥生〜古墳時代では雲梯の差になり、自称栽培上手が我のおかげで皆が飢えずに済むから、我を神として崇めよと言い出す人がいたんじゃないかな?とその法人の責任者を見ていて思うことがあった。

イネと鉄の弥生時代


阿波の事を深く知ったら、稲作に限らず、様々な作物の秀品率の向上に繋がる何かと出会えるかもしれない。

緑泥石を中心にして