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カテゴリー : 地形・地質/page-6

電子書籍の販売をはじめました
 

植物はどのようにしてシリカを吸収するか?

前回、植物、特にイネが利用できるケイ酸はどこにある?ということで、一つのヒントになるかもしれない各種ケイ酸塩についてを記載した。植物が利用できるシリカはどこにある?ここからわかることは、ケイ酸を含む鉱物といえ、一律して同じようにケイ酸として扱ってはいけないということで、とある肥料にケイ酸が入っていると記載されていても、それが植物のケイ酸吸収の面で期待した通りに働かない可能性があるということだ。これを見ていくためには、・ケイ酸がどのように吸収されるか?・それは土

 

植物が利用できるシリカはどこにある?

前回の台風でも倒伏しないイネで玄武岩質的な地質の地域での赤色粘土の客土を行っている水田では台風時の暴風での倒伏がなかったという話を聞いた。何故、倒伏に耐えられる程の茎の強度を得られたのか?その候補として、豊富なシリカが土壌にあるという話題が挙がっている。シリカといえば、玄武岩質的な地質ではシリカ濃度は低くなるので、単純に土壌にシリカが豊富にあるからという話題は通用しないはず。夜久野高原の宝山の火口付近で赤い土を見たこの話題で必要になってくるのが、土壌中に含

 

台風でも倒伏しないイネ

長野の栄村小滝集落の米づくり前編で昨年の夏に長野県と新潟県の県境にある栄村に行った。この村のとある集落では、集落で農法が統一されていて、超高品質な米が収穫されている。先日、小滝で出荷関連の合同会社を経営されている方が京都に来られたので、私が訪れた後、つまりは大型台風の季節の話を聞いた。台風と言えば、台風一過の後のイネの倒伏が深刻な問題となる。興味深いことに、小滝集落ではごく一部の畑を除き、イネが倒伏することがなかったらしい。倒伏したところは一部では秋落ち、

 

黒ボク土は栽培しにくい土なのか?再考

昨年、縁あっていくつかの地域に訪れ、訪れた先で栽培上の悩みを聞く機会が多く、悩みを解決する直接的な方法は知らないけれども、地域の特性を調べて及第点にはなるだろう返答をしていた。半年後に再び状況を確認してみると、大体の地域で秀品率は少しは上がり、新たな悩みが発生していた。新たな悩みは物事が前進した証拠であって、その悩みは想定の範囲内の変化であった。これらの話を踏まえた上で、再び頭に浮かんだのが、黒ボク土は栽培しにくかった土なのか?前編黒ボク土は本当に栽培しに

 

鉱物の風化と植物の死が石を土へと変える

同型置換で粘土鉱物の持つ保肥力を高める前回までで、火山由来の岩石で最も多い長石が自然界の諸々の作用によって粘土鉱物になり、粘土鉱物から更に作用を受け保肥力を増すことを記載した。土壌のアルミニウムが腐植を守る以前、土壌中のアルミニウムが腐植を捉えるという事を記載した。腐植というのは、成果を求めるためにシンプルに捉えたとすると、植物の死骸が土壌の微生物によって分解されたもの。腐植と粘土鉱物が結合することで、腐植が粘土鉱物が更に変質してしまうことを防ぎ、粘土鉱物が腐植

 

同型置換で粘土鉱物の持つ保肥力を高める

粘土鉱物の構造前回、粘土鉱物はSi四面体とAl八面体が交互に重なって、粘土鉱物の種類によっては層の間に水が溜まる構造であった。土壌学の粘土鉱物のトピックで必ず挙がる内容として、何らかの作用によってCECが高まるタイミングがあり、それを同型置換と呼ぶ。この同型置換を見てみよう。…とはいっても、物理は得意ではないので、栽培で役に立つところまでSi四面体を図で書くと、真ん中にSi(珪素)が位置し、頂点がO(酸素)で構成される

 

粘土鉱物の構造

石由来の保肥力までの記事で、粘土鉱物の理解をするために各所をまわったと記載した。今までさんざん1:1型や2:1型と記載してきたけれども、そろそろここらへんの話題にも触れていこうかと思う。施肥診断技術者ハンドブック 2003 JA全農 肥料農薬部 33ページより引用いつも引用しているハンドブックに粘土鉱物の構造が記載されている。上の段が1:1型粘土鉱物のカオリナイト等下の段の左側が2:1型粘土鉱物のモンモリロナイト等下の段の右には2:1:1型粘土鉱物が記載されて

 

石由来の保肥力

粘土鉱物を理解する旅でも記載したけど、学部生の頃の土壌学の講義で鉱物が保肥力を持つ仕組みの話題が挙がった。大きく分けると、・珪素と酸素により形成される立体構造の中心のイオンが入れ替わることで電荷が変わり保肥力となるもの(同型置換)・石が削れた時に現れる手が堆肥のカルボキシル基のような振る舞いをする(破壊原子価)の二パターンがある。前者のイオンが入れ替わることで電荷が変わりというのが、マイナスは何からできてる?層間水の説明の時によく話題に挙がり、後者の石

 

粘土鉱物を理解する旅3

粘土鉱物を理解する旅2までで、栽培で有用なアロフェンと非アロフェンの2:1型等の粘土鉱物はどちらもアルミノ珪酸塩が変質したものであることがわかった。アルミノ珪酸塩というのは、長石と呼ばれているものだ。長石というのはざっくりというと、SiO4で形成された隙間に何らかのミネラルが入り、うちの一部にアルミニウムが入り込んでいるもの。アルミニウムは今まで結合力が強い故に毒性があるけれども、結合力の高さを逆手に取ると、土壌中の腐植を蓄えておける仕組みとなることを記載してきた。土壌のアル

 

粘土鉱物を理解する旅2

粘土鉱物を理解する旅前回、今年は粘土鉱物を理解するために、様々な場所に行ってみたという内容を記載した。まるでRPGゲームの主人公みたいな感覚で、行く先々(特にジオパーク)で次に行くべき情報(博物館が発行する書籍)が記載されていて、知識という武器を得ながら次の場所へ向かうという事を繰り返し、アカデミックで地質学を一切触れてこなかった生物野郎が、なんとか各地の地質から情報を得られるようになった(はず)。何故そんなにも粘土鉱物を理解したかったか?というと、粘土鉱物は栽培(農

 

粘土鉱物を理解する旅

/** Geminiが自動生成した概要 **/
筆者は、土の成り立ち、特に粘土鉱物について深く知りたいと考えています。土壌学では粘土鉱物の性質について学びましたが、生成過程や分布など、鉱物としての視点からの情報が不足していました。そこで、各地のジオパークや博物館を訪れ、地質や岩石について学びを深めてきました。その過程で、粘土鉱物が珪酸塩鉱物、特にテクトケイ酸塩と関連性が深いことを知り、さらなる探求を続けています。

 

太古の生物は酸素によって現れた銅を活用した

/** Geminiが自動生成した概要 **/
ボルドー液は、硫酸銅と消石灰を混ぜて作る殺菌剤で、19世紀末にフランスのボルドー地方でブドウのべと病対策として開発されました。銅イオン(Cu²⁺)は殺菌効果を持ちますが、植物にも有害です。そこで、消石灰を加えて水酸化銅(II)を生成し、銅イオンの溶出速度を調整することで、植物への毒性を抑えつつ殺菌効果を発揮します。ボルドー液は、現在でも有機農法で広く利用されている、歴史ある銅製剤です。銅の結合力の強さは諸刃の剣であり、生物にとって必須であると同時に過剰になると有害となるため、その微妙なバランスが重要です。

 

客土で川砂を入れる意義再び

九条ねぎの京都知七さんで社内研修の復習をしましたで新鮮な鉱物という内容があったので、細かい川砂を調達して畑に入れたら良くなったという話題があった。正直驚きでした。話は変わって、高アルカリ性の温泉から土を考えるでとある鉱物が変質して粘土に変わる際、水素イオンを取り込み周囲のpHを上げながら粘土になるものがあるという内容を記載した。それを踏まえた上で、客土で川砂を入れる意義について再び触れてみることにする。水田は川から重要なものを受け取る川砂客土の前に畑作

 

高アルカリ性の温泉から土を考える

飛騨小坂の炭酸冷泉の記事中で紹介した温泉の本を読んでいる時、高アルカリ性温泉水の章の考察で栽培にとって役に立ちそうな興味深い考察があった。温泉にはpHが低い酸性と、pHが高いアルカリ性のものがあり、地下水と比較すると地域によってpHは幅広い。高アルカリ性温泉というpHが10前後の温泉が存在するのだけれども、そこで気になるのが自然にある何の物質がpHを10まで上げるのだろうか?ということが当然挙がる。自然でpHを上げる要因といえば、名称に酸が付いているけれど

 

寒空、川の縁で本葉を出す

1週間半程前に訪れた川へ再び人はドラマを求めて川に行く前訪れた時に発芽していた草はどうなっていたか?ということで様子を見に行ってみると、お!本葉が展開しはじめているではないか!寒空の下、おそらく水も冷たいだろうに…これから厳しい冬に差し掛かる中、どれだけ成長できるか気になっていたりする。この植物にとってこの環境は快適なのだろうか?それとも劣悪環境なのだろうか?

 

飛水峡甌穴群とチャート

飛騨小坂の巌立峡からの帰り道飛騨小坂の巌立峡再び、七宗町の飛水峡に立ち寄ることにした。飛水峡で日本最古の石が発見された前に訪れた時は時間の都合上で行くことができなくて気になっていた箇所があったことと、巌立峡から流れている川の川下にあたるということもあって、また違う見え方をするのではないか?とというわけで、飛騨小坂から飛騨川に沿って下流に向かってみると、七宗町に入ったあたりで、天然記念物 飛水峡甌穴群(ひすいきょうおうけつぐん)と掘ら

 

川の流れを記録する石たち

飛騨小坂の巌立峡からの帰り道飛騨小坂の巌立峡道の駅南飛騨小坂はなももに立ち寄った。(翌日の早朝)小坂町商工会 | 道の駅 南飛騨小坂はなももトイレに行く途中にガラス張りの壁があって、そこから川が見えた。おや?気になったものが見えたので川に寄ってみた。山の間を流れている綺麗な川だ。川下の方向に目を向けてみる。なんか石が同じ方向を向いている。もしかしてこれがインブリケーションと呼ばれるものか!インブリ

 

炭酸冷泉で調理した肉まん

料理のサイトを見ると、サイダー水に肉を浸して加熱することで肉を柔らかく仕上げるという技術をよく見かける。サイダーといえば二酸化炭素の発泡。加熱すると水から急激に二酸化炭素が出るけど、そのガスが肉の中に充満して隙間を押し広げるのだろう。ガスと記述したけれども、二酸化炭素なので人体にとって無害なガスである。これを踏まえた上でサイダー水といえば、飛騨小坂の炭酸冷泉飛騨小坂の湧水は炭酸冷泉だった。飲んでみるとシュワシュワと炭酸飲料を飲んでいるような

 

飛騨小坂の炭酸冷泉

20万分の1日本シームレス地質図先日から連日で投稿している飛騨小坂の溶岩流の先端のところあたりに、飲用可能な炭酸冷泉が湧いている。小坂の炭酸泉は炭酸含有量が非常に高いことで有名で、写真ではわかりにくいけど、水からは絶えず発泡していて、飲んでみるとシュワシュワとサイダーを飲んでいるような感覚となる。味といえば、なんか血を舐めたような味で、炭酸の爽快感に血の味となんとも不思議な感覚であった。血の味というのは、今まで紹介し

 

飛騨小坂の霊泉覚明水

飛騨小坂の巌立峡の近くに湧水「霊泉覚明水」があった。湧水を知ることでいずれ何らかの役に立つような気がしているので、メモも含め記事としてまとめておく。霊泉とは不思議なはたらきをもつ水。神仏の加護が受けられるという水という意味があり、周辺に玄武岩質的な火山岩、豊富な水と滝の多さから、ここから湧いている水に不思議な作用があることは予想できる。不思議な作用については次回記載する。飛騨小坂の三ツ滝/**************************

 

飛騨小坂の三ツ滝

飛騨小坂の巌立峡川と木々が巌立を削る巌立峡の巌立と川に沿って、崖の横に道が整備され、奥へと散策できるようになっている。※更に奥に入る場合は事前申請が必要話は戻って、地形の保護活動を行っている地域に行った時は、必ずその地域で発行されている本を購入するようにしている。巌立峡でも「滝の美学」という冊子が売られていて、その本を読んでみると、巌立峡の周辺では、210近くの滝が発見されていると記載されていた。滝を

 

川と木々が巌立を削る

飛騨小坂の巌立峡再び飛騨小坂の巌立に話題を戻す。5万年もの間、川は巌立を削り続けた周辺にあった地図を見ると、巌立を挟むように川が2つある。その内の一つの川の作用によって巌立は分断された。今回は手前側にある川を見てみる。エメラルドグリーンをした澄んだ綺麗な水だった。周辺にいる方に聞いてみたところ、今の時期(11月)は水が非常に綺麗な時期らしい。川は常に地形を侵食させながら水を流しているわけで、この川も巌立を分断して

 

長雨や台風は大切な資源を削っていく

5万年もの間、川は巌立を削り続けた先日訪れた巌立峡。この写真の位置から車で40分山を登ったところに、巌立峡を形成した御嶽山とその溶岩流跡が一望できる場所があるということで行ってみることにした。車で走ること20分突然目の前に通行止の看板が現れた。そういえば移動中に通行止めの通知の看板がいくつかあったけど、展望台に到達できる前にまさかの通行止め。地元の方に聞いてみたところ、先日の超大型台風の影響によって土砂崩れがあったらしい。

 

5万年もの間、川は巌立を削り続けた

飛騨小坂の巌立峡前回、飛騨小坂にある日本一長い溶岩流のところに行ってきた記事を記載した。巌立峡にある公園から溶岩流により形成された地形の断面が見れる。この巌立は日本の川により挟まれている。そもそも溶岩流だけど、イラスト:株式会社誠文堂新光社 / 増補版 地層の見方がわかる フィールド図鑑 86ページより抜粋このイラストでいうところの右上にある地表に現れたマグマが傾斜に従って流れているもので、巌立峡の巌立は54000年

 

飛騨小坂の巌立峡

再び七宗町の飛水峡へ目を向けてみると今年の6月に訪れた飛騨川と飛水峡。この先(北)が気になって色々と調べていたら、飛騨小坂(ひだおさか)という地域に御嶽山(おんたけさん)という山があり、その山を世界遺産への認定への活動をされている地域があった。御嶽山 - Wikipedia認定を目指すには何らかの教材的な要素があるはずで、御嶽山について調べてみたら、20万分の1日本シームレス地質図御嶽山の山頂を中心に濃いオレンジのエリアが北、西や南

 

客土が定着した地域、しなかった地域

関西にきて不思議に思っていたことがあった。関西、特に京都では客土って何?と聞かれることが非常に多いこと。関東にいた頃に家業を継いだ同期らが、日常的に土質改善のために真砂土みたいな土を畑に入れていたし、目が非常に細かい川砂を入れていることが多かったので、客土は定期的に行われているものだと思っていた。客土で川砂を入れる意義だけど、関西(特に京都)にきて、客土を行っていないどころか、客土という名称自体知らない方が多いことに驚いた。先日、客土が頻繁に行われ

 

枕状溶岩と出会いに高槻の本山寺へ4

枕状溶岩と出会いに高槻の本山寺へ3前回までのあらすじ京都と大阪の県境にある本山寺周辺で、海底火山によって生成された枕状溶岩があるというドキュメントを発見したため、先週末に本山寺(ポンポン山)に行ってみた。ドキュメントに記載されていた地図を元に枕状溶岩の露頭箇所に行ってみたら、そこには緑色になった溶岩があったとさ。きっとこういうところから、農業や工業で利用する粘土鉱物を採掘するのだろうなと。これらの知識は後々客土の土をどこから運んでくるか?

 

枕状溶岩と出会いに高槻の本山寺へ3

前回、京都と大阪の県境にある本山寺周辺で海底火山により生成された枕状溶岩と、枕状溶岩が風化して出来た土を見た。風化してできた土は真っ黒な土をしていた。枕状溶岩と出会いに高槻の本山寺へ2本山寺周辺では地質の観察ポイントが大きく分けて4箇所あるので、露頭紹介 -西山,川久保渓谷中流に見られる緑色岩周辺-より引用 一部改変本山寺から少し離れて、川久保渓谷というところに向かってみた。地図の真ん中辺りのヘアピンカーブよ

 

枕状溶岩と出会いに高槻の本山寺へ2

前回のあらすじ京都が位置する丹波帯を理解したくて資料を探したら、京都と大阪の県境にあるポンポン山の山頂付近の本山寺で枕状溶岩の露頭が見られる箇所があるというドキュメントを発見した。枕状溶岩と出会いに高槻の本山寺へというわけで早速本題へ露頭紹介 -西山,川久保渓谷中流に見られる緑色岩周辺-より引用この地図は発見したドキュメントに記載されていた本願寺周辺の露頭箇所が記載されている地図。今回は赤い枠で囲った箇所に行ってみることにする。断層

 

枕状溶岩と出会いに高槻の本山寺へ

大鹿村の中央構造線安康露頭先日、長野県の大鹿村にある中央構造線を学びに行った時、中央構造線博物館 - Wikipedia中央構造線の博物館が発行している書籍で温泉に関する書籍を購入する。その書籍には火山性の温泉と非火山性の温泉の説明が記載されており、非火山性の温泉の説明の箇所で有馬-高槻断層帯という内容が記載されていた。有馬-高槻断層帯 | 地震本部高槻といえば、頻繁に行くところなので、もしかしたら、(株式会社誠文堂新光社 /

 

再び高槻の摂津峡に目を向けてみると

先日の天龍峡の一件から川と渓谷の不思議さが気になってしまったわけで、今まで訪れた他の渓谷がどうなっているのか?を改めて調べてみることにした。天龍峡の岸壁は花崗岩再び七宗町の飛水峡へ目を向けてみるとというわけで、今回は大阪の高槻にある摂津峡を見てみる。高槻の摂津峡の行者岩先にそもそも渓谷とは何なのだろう?ということで渓谷を調べてみると、地図においては、尾根とは逆に等高線が凹状になって表れる。成因により、河川や氷河の侵食によってできた侵食谷

 

再び七宗町の飛水峡へ目を向けてみると

天龍峡の岸壁は花崗岩前回、長野にある天龍峡は両岸が花崗岩の渓谷であることを記載した。暴れ川である天竜川が花崗岩を細く深く削って出来た渓谷であるらしい。せっかく渓谷の話が出てきたので、渓谷といえば気になるのが、飛水峡で日本最古の石が発見された岐阜県七宗町にある飛水峡。最古の石が発見されたのは、花崗岩が変成された岩の中にあったけれども、1億年以上前に海で堆積したチャートがとても綺麗だということで有名なところでもある。2つの写真を見比べて

 

天龍峡の岸壁は花崗岩

名勝・天龍峡前回、渓谷は両岸に硬い岩があって、流れの強い川であっても、広く侵食できないから、細く深く侵食して、独特の景色を生み出したと記載した。それを踏まえた上で、天龍峡の地質を見てみよう。まずはこのはじまりの箇所にピンを立ててみよう。20万分の1日本シームレス地質図地質図でピンを指した箇所は撮影した背後の箇所になるけれども、堆積岩で形成されていると記載されている。続いて、この箇所だけれども、

 

名勝・天龍峡

話は前回に引き続き、再び長野へ綺麗なリンゴの木の下で中央構造線の帰りに名勝・天龍峡に立ち寄った。大鹿村の中央構造線安康露頭天龍峡といえば、水害の多いとされる暴れ川の一つ、天竜川が生み出した渓谷で、水量が多い故、様々な産業にも貢献したと言える川の一つ。天竜峡 - Wikipediaこの天龍峡を訪れた時、NHKのブラタモリの黒部ダムの回で渓谷ができる条件が挙がっていたので、渓谷で見るべきポイントをほんの少しだけ把握していた。

 

石灰岩の地帯での栽培

愛知県の渥美半島での栽培で渥美半島に訪れた時、渥美で栽培指導されている方から興味深い話を得た。山の上に炭酸石灰山口県のとある地域では、石灰岩が非常に多いので、栽培中にpHが上がってしまうことが頻繁に発生する。このような地域では、石灰の使用をどれだけ気を付けるかで収穫できるか?が決まる。はじめに石灰の使用目的を確認すると、栽培前の石灰というのは栽培中に下がってしまったpHを中性にするために利用する。石灰はpHを調整する為に使うもの栽培

 

愛知県の渥美半島での栽培

所用で愛知県にある渥美半島に行ってきた。渥美半島というのは名古屋から渥美湾を経て、南辺りにある半島。この渥美半島は栽培の技術力が非常に高いとされる土地で、特に栽培中の追肥や防除の管理が頭一つ抜けていると言われている。どうして半島で頭一つ抜けている技術力があるのか?地質、土質から見てみることにすると、(株式会社誠文堂新光社 / 年代で見る 日本の地質と地形 11ページより引用)半島の左端で中央構造線があり、半島自体は秩父帯とな

 

表層無機質中間泥炭土の周辺にあった石

玄武岩質的な土の客土の中にあった鮮やかな赤までで、宮城県遠田郡涌谷町にある土質と、周辺の山の土質を見た。話は再び露地に戻って、周辺の畑の排水性の向上のために深く掘った時に出てきたらしい石があった。地中から出てきたか、畑の端の方に基盤として使用されていたものなのか?は不明とのことどちらにしろ、水田にあった、もしくは使用されていた石なので、周辺で採石されたものを使用しているということで間違いないだろう。この石をマジマジと見てみると、

 

玄武岩質的な土の客土の中にあった鮮やかな赤

山からの恵みを畑地へ前回の記事で、ハウス内で客土した土で栽培していた作物が綺麗に生えそろっていてその土が安山岩・玄武岩質的岩石が風化して出来た黒ボク土であったことを記載した。他にもハウスを見せていただくと局所的に赤い箇所がある。周辺に転がっていた石を見ると、時々、黒っぽい石の表面が茶色くなっている。この石は何なのだろう?茶色くなっているのは赤錆と解釈して良いのだろうか?そして、鮮や

 

山からの恵みを畑地へ

泥炭土は有機質土前回、表層無機中間泥炭土という名称の土があるところの土を見た。この畑の隣の隣で周辺の山から土を持ってきて客土をされている畑(ハウス栽培)があった。この場所は元々グライ土らしいので、グライ土の上の表層に客土となる。その畑というのがこれで、見事に生えそろっている。土は細かくて、茶色い。バークや籾殻等を入れて更に軽くされていた。ハウスがたくさんあって、どのハウスを見ても、それは見事に綺麗に生えそろっていた。

 

泥炭土は有機質土

前回、東北地方の宮城県遠田郡涌谷町で泥炭土という土質の地域に行ったことを記載した。東北へそこでは見たことあるような気がするんだけど、なんか見たことがない土を見た。これが泥炭土なのだろうか?記録した地図を元に撮影した箇所の土質を調べてみるとやはり泥炭土とある。しかもサブソイラで深く掘ったと言っていたので、表層と深い層の土が混ざっているのだろうなと。取り急ぎ、泥炭土について調べてみると基本的特性は泥炭層(加湿地に繁茂した植物遺体の分解堆積した層)を

 

東北へ

先日の宮城県遠田郡涌谷町のうじいえ農場さんの社内勉強会に呼ばれ肥料の話をしましたで記載した通りで、宮城県に行く機会ができました。出身は神奈川で京都を拠点としている私にとって、宮城県のある東北というのは今までほぼ縁がなかった土地で、宮城県を含む東北は新境地みたいなもの。宮城県の位置を地図で確認すると、この辺り。先日訪れた遠田群は仙台よりも北西に向かったところにある。CC BY-SA 3.0, Linkフォッサマグナ 糸魚川-静岡構造線フォッサマグ

 

火山のあるところと再び京都夜久野高原の宝山に目を向けてみると

南アルプス(中央構造線エリア)ジオパーク・大鹿村中央構造線博物館にて、火山ができる場所について教えていただいた。日本においての火山の形成は日本列島誕生。フォッサマグナ大陸のプレートと海のプレートがぶつかり、海のプレートが沈み込んだところにマグマだまりができるのだけれども、このマグマだまりが形成される位置というものが大体決まっていて、プレートの沈み込み(海溝)からの距離に規則性があるとのこと。(株式会社誠文堂新光社 / 年代で見る 日本の地質

 

再び四国徳島の三波川帯へと目を向けてみると

以前、四国徳島の吉野川付近に緑色の石が多くて、これは三波川変成帯という地質によるものだと記載した。この時はまだ三波川帯というものがわかっていなくて、海のプレートが大陸のプレートの下を潜るように沈み込みをした際に、プレートの間にある高圧の環境で変成を受けた後、地殻変動によって隆起したという内容を記載したけれども、吉野川よりも南側の地域を見ないで、吉野川付近だけが変成して隆起したように見える。実際はそうではないことを、日本列島がまだ大陸内にあった頃

 

日本列島がまだ大陸内にあった頃に形成された中央構造線

大鹿村の中央構造線安康露頭1億年程前、まだ今の日本列島はユーラシア大陸の端にあって、恐竜が闊歩していた頃、大陸側のユーラシアプレートと海洋側の太平洋プレートがぶつかって中央構造線を形成した。※この頃はまだフィリピンプレートがなかったらしい。太平洋プレートは、南の方で形成された玄武岩、石灰岩やチャートを大陸側へと運び※中央構造線博物館内で展示されていた模型より南アルプス(中央構造線エリア)ジオパーク・大鹿村中央構造線博物館中央構造線の右側

 

大鹿村の中央構造線安康露頭

大鹿村というところで、中央構造線が露頭している箇所を見てきた。大鹿村というのは、長野県の南部にあたる。今回見てきた中央構造線というのは、中国側のユーラシアプレートと、フィリピンプレートがぶつかった時に出来た南北を分ける大きな断層の事を指す。矢印で示した箇所の左側が大陸側の花崗岩の破砕岩で日本の北(内帯:ないたいと呼ぶ)になり、右側が緑色岩(付加体)の破砕岩で日本の南(外帯:がいたいと呼ぶ)になる。境界から各々の向きを見てみると、

 

白鬚神社の磐座

琵琶湖の湖西を大津から北に向かって走ると、右側に見える琵琶湖に鳥居があるのが見える。ここは白鬚神社という神社で、滋賀県に古くからある神社の一つらしい。道路を中心に見据え鳥居と逆側に神社の本殿がある。本殿の近くには急な階段があり、少し山を登ると、磐座(いわくら)として巨岩が祀られていた。いわくらとチャート山を登った先に巨岩がある。巨岩は何人もの人であっても少し高いところであっても運ぶのが困難で、困難が故に山に岩があるこ

 

洞窟の中で黄色くなっても生きる草と出会う

先日行った質志鍾乳洞。写真を見ての通りなかなかの深さだ。京丹波の質志鍾乳洞鍾乳洞は安全に歩けるようになのか?鍾乳石を見やすくするためなのか?ところどころに照明があるわけで、その照明で照らされたところには植物が生える。いったい、これらの植物らのタネはどこから来たのだろう?洞窟内にコウモリがいたので、コウモリが持ってきたのだろうか?それとも人が入ってくる時に衣類や靴についていたものだろうか?いやいや、写真の箇

 

京丹波の質志鍾乳洞

先日、仕事で綾部方面に向かった帰りに京丹波にある質志(しずし)鍾乳洞に立ち寄った。この鍾乳洞はとても急傾斜で、壁にかかったはしごを降りて洞窟の奥深くに行く。洞窟内は湿って滑りやすくなっているので、はしごを降りるのはなかなか怖いものがある。鍾乳洞であるため、当然この洞窟のある山は石灰岩で出来ていて、石灰岩が空洞上に溶けたから洞窟になる。地質図を確認してみると、20万分の1日本シームレス地質図付加

 

ヒスイ輝石のあるところ

ヒスイ輝石発見の地、小滝川ヒスイ峡前回の話で小滝川でヒスイ輝石が発見されたのが昭和初期で発見前は近隣住民は普段使っているまな板が宝石だと思わずに使い勝手の良い石として活用していた。発見前までは日本にヒスイ輝石があるかないかという議論がされていた程、そして発見後はヒスイ輝石がこのような扱いになる程、ヒスイ輝石というものは珍しいものである。この発見された糸魚川-静岡構造線自体が珍しい土地。ヒスイ輝石の発見と合わせると更にフォッサマグナの理解が深まるだろうと

 

ヒスイ輝石発見の地、小滝川ヒスイ峡

フォッサマグナと地すべりと農業先日話題に挙げたフォッサマグナミュージアムこの写真に写っているこの石は翡翠(ヒスイ)という宝石を含む岩らしい。ヒスイというのはヒスイ輝石と呼ばれる鉱物で、歴史の序盤で出てくる古墳時代あたりの勾玉の原料に当たるらしい。ヒスイ輝石 - Wikipedia勾玉 - Wikipediaなんでこの話題を出したか?というと、この糸魚川市にはフォッサマグナの糸魚川-静岡構造線という大発見以外でも、


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